I「犬と暮らす、犬を生涯めんどうを見る」。文字や言葉でみたりきいたりするのには慣れている言葉ですが、想像ではなく、実際の経験が織りなす毎日を思い起こせるのはどれくらいの数の人々でしょう。

私たちが犬と暮らすことで得る、この言葉で言い表せない”ものすごく大きな何か”は一体何なのでしょうか?実際に身をもって知る人からしか伝えられないこと。人と異なる犬という動物と1つ屋根の下暮らすのは、「そんなに素晴らしいものなのか。」と覚悟と希望をもって迎えてくれる人が増えたら、幸せな犬も人も格段と増えていけるハズ。

今回は「年齢=犬と暮らした年数」であり、それでも「死ぬまで犬と暮らしたい」と話す筆者、Risadoggyが生涯を通して「犬達からもらったモノ」について語ります。

犬との暮らしに悩んでいる方、犬を迎えようか悩んでいる方が、少しでも明るい気持ちで犬と向き合えますように…。

犬と暮らすということ。

一生面倒を見るということ。

そこには責任が強くかかると共に犬と暮らしていないと味わうことのできない

楽しさや嬉しさ、感動、、言葉にできない感情を運んできてくれる。

犬への感謝の気持ち、心が通じた瞬間、お互いを必要とする絆、最期の別れ。

私が感じてきた犬と暮らすことの素晴らしさを考えてみた。

犬,家族,子供

犬から広がる興味と好奇心
犬との暮らしで人間性が育つ

生まれてた時から横には犬がいた。当たり前、兄弟。

私のことを柴犬ジャックはすんなりと受け入れてくれたという。

そのおかげか動物に対する恐怖心はなく、愛読書は犬の図鑑から始まり動物図鑑。

近所に犬好きなお姉さんがいて読み終わった犬の雑誌を小学生の私にくれ、

日本で見かけることのない犬種を知った。

楽しくてどんどん読み漁った。

犬をそもそも知らなければ、一緒に暮らしていなければ

知れなかったことがたくさんあったなと思う。

気難しい犬だとしても、愛情をかけ向き合った分人間を受け入れてくれる。

話せないからこそ犬の気持ちを汲み取りたい気持ちが生まれる。

お腹すいた?お散歩行きたい?具合が悪い?犬の日頃の行動と病院での

定期的な診断を受けることによって今の状況を汲み取る。

ご飯を食べなくなったら、違うのにしてみる?とか。

具合が悪いから食べない、

だけでなく犬にも人間と一緒「飽き」はある。

一緒に一番良いとされる解決策を考えていこう

という気持ちが芽生える。

実際言葉を使ってコミュニケーションが取れない代わりに目を見て

お互いの気持ちを確かめ合うコミュニケーションは、

学校では学べないと私は思う。

犬と過ごす時は一旦頭にあることは置いておいて、スマホはおいて本来の人間の優しい心で

向き合うことができると思う。

 

犬を愛する気持ち、大切にする心

 

犬はいつでも家族を見ている。家族が険悪なムード、泣いている、楽しそう!などなど。

臨機応変にいつも私たちの生活に溶け込んでくれる。

泣いている時、近寄ってくれたり

人にはいえないようなことを話したり・・・

相談したり、お話ししたり・・

絶対犬は人に話をばらしたりしないから(笑)

何言っているんだろう?という顔でそんな私を見つめている。

なるべく、、いや100%犬を悲しませたくない、不安にさせたくない。

犬が幸せになるのも、不幸になるのも全て一緒にいる家族次第。

私たち家族がいないとご飯がもらえないことも全部わかっている。

でも時には私たちの帰りを待っていてくれたり、どんな時も一緒にいてくれたり。

愛おしく、この子の為に頑張ろう、幸せにしたい、大切にしようという感情が常に出てくる。

やってくる最後の別れ

人間の1時間は、犬にとっては3時間。人間の1歳は犬にとっては3歳。

悲しいことに人間より寿命は短い。

私たち人間は最期を看取る責任がある。

息絶える最期に、たくさんのことを考える。

もらったものが多すぎて感謝を返しきれない。

私たちはあなたにとって良い家族だったかな。

散歩楽しかったね、よく砂浜で走ってたねと、楽しい思い出。

お留守番させてごめんね。もっとこうしてあげればよかったの後悔の気持ち。

両極端の複雑な交差する気持ちが感情を溢れさせる。

3匹の犬を今まで看ってきて、昨日のことのように思い出し考えては涙してしまう。

今の私にできること、今一緒に暮らす愛犬に全部を注ぎ込みたい。

犬と暮らすということでたくさんのことを犬から教えてもらい、

気持ちをお互い受け取り合い、素敵なことがたくさんある。

これから私が死ぬまで、犬と暮らして生きていきたいと思う。

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